「ザ・ゴール」から考える還元主義の限界

はじめに

このブログの読者の方から、エリヤフ・ゴールドラット著「ザ・ゴール」を読んだ感想を記してほしいという依頼をいただいたので、
個人的な感想を書きました。以前記した「ビジョナリー・カンパニー」から考えるキャリアと同様、本の内容には触れず、
あくまで「ザ・ゴール」を読んでどんなことを考えたかということに絞ってお示しします。
結論としては、フレームワークのような科学的なアプローチに加えて、価値観の変化に対応するよう視野を広げる努力が私たちには必要であると思いました。

  1. 還元主義とは
  2. 還元主義の問題点
  3. 還元主義を克服するには?

還元主義とは

近代科学の特徴には、客観性と再現可能性の2点にあります。

客観性とは、主観を排除し誰が見ても同じように見えるというものです。
また再現可能性は、誰がやっても同じ結果を得られるということを意味します。
この両者の特徴を踏まえ、科学的なアプローチとして還元主義があります。

還元主義的発想を理解するために水を例にします。
水は原子に分解すると、H(水素原子)2個とO(酸素原子)1個、すなわちH2Oということになります。
また、H(水素原子)2個とO(酸素原子)1個を結合すると水にすることができます。
このように、ある物質を分解して、組み合わせてまたもとに戻ることを還元主義といいます。
この還元主義的アプローチは、前述の客観性と再現可能性があるため、科学的なアプローチであるといえるでしょう。

“困難は分割せよ”

これは、近代哲学の祖といわれるデカルトが残した言葉です。
まさしく還元主義を表しています。

この考え方は、ビジネスの場でも例えばロジックツリーのようなフレームワークにも現れています。
問題となる事象を複数の要素に分けて、一つ一つを課題として、その課題にどう対処するか。
そしてその課題をすべて解決した場合、問題を解決したということになるか。
このようなことを検証していくプロセスは科学的であるということができるでしょう。

ビジネスの場において、組織での合意形成のプロセスやプレゼンテーションなどの場面で、
客観性・論理性というのが好まれることが多いように見受けられます。
では、論理至上主義に陥ると、どのような問題が発生し得るでしょうか。

還元主義の問題点

アメリカの物理学者であるフリッチョフ・カプラ氏は彼の著書「ターニング・ポイント」の中で、

“還元主義的=科学的=合理的=分析的=線形”

という定義をしています。

還元主義を絶対的な価値観であるとしてしまうと、それ以外の価値観が排除されてしまうことになります。
例えば、「幸福とはなにか」。何を幸福であるかと感じるかは人それぞれであり、
どんな状況・環境・成果を求めるかは人それぞれである一方、還元主義的=科学的=線形の考え方は、
この多様な幸福の価値観を定義することができないのです。自由もしかりです。

例えば顧客との関係において、データに基づく顧客分析のみでしか顧客を見ようとしないと、
定性的な要素はそがれてしまう恐れがあります。マーケティング・リサーチの問題にもつながりますが、
データ分析と併せて実際の顧客にヒアリングする、あるいはその人自身について深く知る努力が必要になってきます。
世間のトレンドに併せて、目の前のお客さんの価値観はどのように変わるのか。
データのみでは発見できないことを探ろうとしたとき、還元主義的発想のみでは対応ができないのです。

還元主義を克服するには?

前述のフリッチョフ・カプラ氏は、このような還元主義の諸問題を踏まえて
「西洋の近代以降の科学的な文明は行き詰っており、
それを乗り越える(=ポストモダン)の新しいパラダイム(=世界観)が必要である」というニューサイエンスに依拠していました。

1970年代~1980年代は、還元主義に代表されるような西洋近代の線的な思考形態が批判されるという機運が高まっている中で、
価値観という点において例えばアメリカでは、「多文化主義」という考え方が主流となっていきました。
「ポスト・コロニアル」とも呼ばれますが、建国以降のコロニアルな国家観を超えようというものです。

「ザ・ゴール」が執筆・出版されたこの時代は、まさにこのような多文化主義やポスト・モダンがキーワードになっていました。
当時学術潮流であったこのような考えは、現在では人々の主要な価値観として普及しているように思います。
「ビジョナリー・カンパニー」から考えるキャリアの中でも述べたように、
時代に合わせて変化させる部分と、いつの時代にも忘れてはいけない価値観を持ち合わせて成長していくのは、
企業にも個人にも求められるだろうと思うわけです。

まとめ

冒頭でも述べたように、決して科学や論理を否定している訳ではありません。
むしろそれらを前提とした上で、更に発展していく・成長を遂げるためには、
私たちはそれに加えて定性的な視野を持って物事に取り組んでいく必要があると感じています。

ここでは詳述しませんが、1970年代~1980年代は、マーケティング理論においても大きく変化していった時代で、
それはすなわち人々の価値観の変化を意味しています。

「ターニング・ポイント」が出版されたのは1982年。「ザ・ゴール」が出版されたのは1984年。
フリッチョフ・カプラ氏とエリヤフ・ゴールドラット氏は、どちらも物理学者です。
両者の主張の根底には、同時代における人々の価値観の変化=近代科学への問題意識があったのではないかと拝察します。

エリヤフ・ゴールドラット氏が「ザ・ゴール」で示したのは、
近代科学への問題意識が学術の世界を超えてビジネスの世界にどのように活かすか。
つまり、“ゴール”のみならずそこまでの道のりです。

出版された時代や当時の学術潮流なども踏まえて読んでみると、
「新たなパラダイム」でビジネスを捉えることができるかもしれません。
出版からまもなく40年が経過する今、当時と比較して現在はどんな価値観に変化してきているのか、
あるいは今後どのように変化していくのか。私なりに考えていきたいと思います。

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